家のこと」カテゴリーアーカイブ

離婚って幸せへの第一歩

私は離婚して3年目です。
結婚生活は6年間でした。
子供は小学2年生の男の子と年少の男の子の二人です。身長が気になる年頃です。
結婚生活で良かったことは子供が産まれたことだけだったな(笑)

ナゼかと言うと結婚したとたん旦那の借金が発覚。トータルで言うと結婚生活6年で600万円…(笑)全てパチンコに消えていました。その他もろもろ…話し出したら止まりません(笑)
今、よく世間様からは『今の若い子はすぐ離婚する』と言われますがちゃんと理由があるのです(笑)

子供を保育園に預けて、朝から夕方まで仕事して、帰って家事と子育てして、今度は託児所に預けて、夜の街で仕事して借金を代わりに返して、また借金を作られる…そんな生活をしていましたが全ては子供のためでした。
子供には父親がいると…

が、しかし子供が父親を必要としていないことがわかり、肩の荷がおりた気分でした。
それから、私は子供と着々と離婚に向けて歩きだしました。
家が決まり、引っ越しの話をしていると『ママー、トイレもっていかなよー』…(笑)
なんだか、楽しい記憶ばかりです。

そして離婚、3人の生活が始まりました。
離婚した方が裕福になりました(笑)
家族の当たり前の時間も送れるようになり、気持ちも余裕ができ、本当に幸せな人生をやっと手に入れました。

最近は素敵な男性と出会い次の幸せにむけてまっしぐらです。
この方との進展も息子の『◯◯達のぱぱになって』と息子が逆告白(笑)
辛い思いをさせてきた子供に、支えられてます。これからも、子供が一番幸せになれるように全力で生きていくことが私の幸せです。

10代でシングルマザーになった苦労と喜び

私の友人に学生の時に妊娠して、今、シングルマザーをしている友人がいます。
相手は遠距離恋愛中の同じ年の人だったらしいです。子供ムダ毛
彼女は妊娠したことを彼に電話で伝えたのですが、その後一切連絡をしても繋がらなかったそうです。
彼女は家族にも反対されましたが、学校をやめて、一人で産むことを決意しました。
そんな彼女の気持ちを理解し、最初は反対していた両親も、彼女を支えてくれたそうです。
彼女は妊娠中に彼に会いに行こうと思い、彼のアパートを訪ねたのですが、もう引越してしまっていたそうで、結局会えないまま、彼女は一人で女の子を出産しました。その時は、子どもが産まれた喜びよりも、まだ彼女は10代だったので、これからどうやって生きていこうという不安がなによりも大きかったそうです。
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女の子が産まれてからも、彼とは一切連絡がとれず、彼女は彼女の両親に協力してもらいながら子どもを育てました。
しかし、子どもが一歳を過ぎるまで毎日ずっと不安だったと言っていました。
しかし、段々と不安よりも、娘の成長を嬉しく思うようになったそうです。
子どもが保育園に通うようになってから、彼女は再び学校に通い、子育てと勉学を両立しています。
一人で子どもを産み、この先のどうなるのかという不安に苦しんでいた彼女は、今では家族の支えや、子どもの成長、そして再び学校に通える喜びを感じているそうです。
十代でシングルマザーになった苦労や、その気持ちは体験しなければ分からない苦しいものであったと思いますが、今の彼女を見ていると、とても輝いているので、子どもを産まなければ分からない喜びもあるんだと感じました。

築36年のアパートでの私の思い出

はじめまして。現在25歳の主婦です。

今回は私にとって、人生の分岐点である大切な時間を過ごしたアパートについて投稿させていただきます。

今回投稿するアパートは、いまも京都にある現在築39年になるアパートです。
二条城の目と鼻の先にあり、バス通り沿い、小学校や大きなスーパーのすぐ近く。
自転車を使えば15分ほどで京都の繁華街に行くこともできる好立地な場所にありました。

そのアパートは1階部分がだし巻き玉子が売りのお弁当屋さんがあって、階段は狭く段差がすごく高い昔ながらの作りでした。

部屋は7畳の1K。ユニットバスの部屋で、洗濯機はベランダ。
見た目は36年経っていることもあり、すごく汚いのですが、内装はリフォーム済みで、私が入居する際には一面真っ白の清潔感あるお部屋でした。

部屋は広いとはとても言えないほどすごく狭かったですが、それでも、その当時の私にとってはそれだけで大満足の部屋でした。

私がこの部屋に住むようになったのは、田舎から出てきて就職したのがきっかけでした。

父からは田舎から出て一人暮らしなんてお前にできる訳がない!京都で就職なんてやっていけないに決まってる!
と言われ、それが悔しくて、父に相談なしで就職試験を受けて内定をもらい、部屋も決めました。

結果報告を父にすると、反対はしていたものの、1度1人でやってみろ。と背中をおしてもらいました。

こうして初めての一人暮らしをスタートさせたのがこの京都のアパートです。番人くん口コミ

この部屋は、仕事で辛い時、1人で泣いたり、気分転換に映画を見たり、友達が泊まりにきて女子会をしたり、初めて彼氏が泊まりにきたり、、色んなことがありました。

すごく印象に残ったのは鳩とのバトル(笑)
ベランダに巣を作られて、叫びながら処理したのが印象的です(笑)

またこのアパートで彼氏との時間を過ごし、2年後に結婚もしました。

初めての一人暮らし、彼との結婚などなど、かけがえのない思い出の詰まった、大切な場所です。

こんな部屋に出会えて良かったな〜と思います。

念願のマイホームを購入しました!

家が欲しいな〜と思っていたんですが、なかなか手が出ず色々と物件の見学や内覧会などには顔を出していたんですが購入までにはいきませんでした。

ですが子供が小学校入学を機に、子供もいずれ部屋が必要になるだろうと思いマンションや一戸建てなど幅広く検討することにしました。

車は好きなので駐車場完備のところが良いと思い、マンションなども考慮しましたが、毎月支払っていく住宅ローンや管理費、修繕積立金などかなりの金額になりますし、これに加えて駐車料金となるとやりくりが大変になるので一戸建てが良いだろうと判断して一戸建てに絞って物件探しを行うことにしました。

何箇所か気になる駅を探し、一戸建て物件を探してみましたが急行が停まる駅周辺はマンションが主で一戸建てはあまりなく、あったとしてもかなり相場価格が高騰しているので手が出ないな〜と思っていました。ちょっと駅から離れた場所を探すことにしました。

やはり駅近くの一戸建て物件は人気もあり、かなり相場価格も高いですし、駐車場完備の物件を探すとなると敷地面積もそれなり必要になるため価格がかなり上昇します。

予算をあらかじめ決めてから一戸建てを探すことにしたので、駅から徒歩圏内で物件を探すことにしました。

周辺に公共施設や学校、病院など充実しているところが良いと思っていましたし、緑地も少しあって公園も近くにあるのでここならいいな〜と思えた場所があり、その周辺に一戸建ても建設されていたので物件探しをシッカリ行うことにしました。

一戸建ては駐車場も完備で庭も付いているので子育てする環境には十分なので家族で気に入ってます。一戸建ての物件情報はチラシなどで情報収集して自分で好きな所へ連絡して物件見学するなど色々と充実しているので週末に物件見学するのは楽しいです。

子供達も週末が来るのが待ち遠しく喜びます。

ファリネ

離婚まで7年、お金をとるか、身体をとるか!

離婚まで7年、お金をとるか、身体をとるか!
32歳バツ2です。一度めは、若気のいたりで二度めの旦那とはできちゃった婚でした。

性格もよくわからないまま、結婚し、長女が生まれすぐに次男が生まれました。家事育児には全く興味がなく、お金にも厳しく酒癖もとても悪かったです。

その頃から離婚はずっと頭にあり、ただ生活面の不安でずっと我慢してきました。

あれは忘れもしない二人の子供の誕生日例のごとく酒を飲んであばれて頭を流血させられました。その時点でわたしの中では離婚は決まっていました。

が、そこからが、長い道のりでした。別居から始まり調停一年前、裁判一年。系2年の闘いでした。

わたしは、診断書もとっていなかったため不利でしたがお金はいらないからとにかく離婚と親権だけを泣いてお願いしましたが、夫はあざわらうかのように、

調停ものばしのばし、裁判ものばしのばし、根も葉もない、彼の親族の陳述書や、わたしが日常的に虐待していた、自分は育児にも家事にも積極的だったと法廷でいいはなったときは怒りより恐怖が勝ちました。

こちらも強い弁護士で対抗しなければと借金をして父親の会社の顧問弁護士を雇い、対抗しました。子供には興味、イベントすら出席しなかったひとが親権をもとめはじめたときは、あいたくちがふさがりませんでした。

手汗対策

弁護士さんいわく、だいたいの妻は7割ほどは、生活面を考え耐え忍んで離婚しないそうです。

ところがわたしの場合メンタル的にもきてしまい、一ヶ月で8キロも体重がおち、飲めなかったお酒に溺れ、眠ることもできなくなってしまい、あげくのはてには、不整脈になり、もう限界だなと思いました。

でもがんばれたのは二人の子供のためです。味噌汁に人参を皮ごといれちゃうような人に米を研いだこともない人に子供は渡せないと、ふんばりました。

もちろん一人の力では無理で家族総出でカバーしてくれました。それでも彼は家庭内調査、三人で住んでる家に不備はないか、子供はわたしのせいで、精神的におかしくなってないかとカウンセラーまでよこし、判決がでるひまでびくびくすごしました。

結果は、親権もとれ、養育費は二人で月3万、慰謝料50万でした。弁護士代や、引越し代のほうが多くかかってしまいましたが、離婚して本当よかったと思っています。

いまでは、彼女ができたらしくろくに子供にもあいたがりません。借金はかなり背負うはめになりましたが、わたしは、後悔してません。子供のためにもよかったと思っています

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こだわったのは場所です。

 

マイホーム

30歳で結婚して、小さなアパートに住んで、子供が生まれて、しばらくは親元で一緒に生活して、次はマイホームでした。
田舎のほうが土地が安く広い庭も持てる、魅力的だったんですが、親が経営しています建物の駐車場を潰してそこに家を建ててとお願いする親に愛おしさを感じて、親孝行のため、嫁さんと相談して、そのまんま駐車場の上に住宅を建てました。1級建築士の提案もあり、私の希望するO型の動線はより広く感じます。それと、ダイニング部分で階段2つ分ほど盛り上がってるところがあり、上は6畳の畳部屋で周りの壁はやんわりと緑色で基本的にお客さんの部屋にしていますが、障子で囲むことも出来ます、囲んでしまえば閉鎖された和風の部屋って感じで私も時々そこで寝ます、旅館に泊まった気分ですね、しかもそこの下には6畳分の広い広い押し入れがあります。
季節門や書類関係など膨大な量の押し入れがありますので、部屋が散らかることは、あります。でもそこまでは散らかりません。
この間取りもハウジングパ―クなどの住宅展示場に行っていろんな間取りを見て必要なもの、要らないものをノートに書いといて嫁さんと2人で話をして
建築士の方に提案します。建築士の方のアドバイスもなかなかためになります、
ちなみに2500万円の予定でしたが、あれやこれやきて2800万円となってしまいました。これ以上は予算が厳しいことを伝えます。すると相手もプロ。
建築中の鉄骨むき出しのままの階段をそのまま使ったり、やっぱり大きな買い物ですから、玄人の意見は絶対参考になります。
でも実際住んでみないと、必要な部分、必要でなかった部分が浮き彫りにされます。これは家を買ったほとんどの人にも当てはまるでしょう。
間取りをイメージしているときにそこに住んでいる自分もイメージして生活している自分らまでイメージできればよかったですけどね、
そこまでは難しかったです。そんな家に住んでいます。

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